午後の風はほどよく、心地よかった。
「人間はなんで生きるんだと思う?」
隣に座る柚子は顔を顰めた。「人が食後のリラックスタイムを楽しんでるときに何言ってんの?」
「いや、たまにいつも思うんだよ」
「どっちなのか問い詰めたいけど、話の腰は折らないでおく。あんた猫背だし」
「なんでこんな頑張ってんのかなって」
武堂は校庭を見下ろして言った。校庭では複数の運動部が準備を始めていた。午前授業が終わったのは二十分ほど前のことだ。
「相変わらずのマイペースぶりに感動。というより、高校生の私たちが考えることかね」
「柚子はどう思う?」
「私はその質問には答えられないけど」
「けど?」
「あんたって幸せなんだなって思う」
武堂は首を傾げた。「幸せ?」
柚子は頷くと指をくるくると回した。
「追い詰められてる人ってそんなこと考えられないでしょ。どうしてとか、なんでとか、理由を考えられるのって立ち止まれる人なんだよ。立ち止まっても戸惑わない器用な人。器用だから今日の意味を考えられる」
「じゃあ不器用な人は?」
「立ち止まれない。その場からすぐに離れたいから。離れたいからとりあえず前に進もうとする。結果的にぐるぐる円を描くことになってもね」
「目が回りそうだね」武堂は真面目な顔で言った。
「そう、有名な『目の回る忙しさ』の語源はこれね。もちろん嘘」
「あ、話は変えていい?」
柚子は眉間に皺を寄せた。「あんたから変な話をしたと思うんだけど、それで話を変えるってどういうこと?」
「ほら、僕って不器用だから」
「知ってる。それがあんたの武器になればいいんだけどね。で、なに?」
武堂はポケットからくしゃくしゃになった二枚のチケットを取り出した。
「いつもありがとう。これ行きたがってた千葉のやつ」
「は?」柚子は目を瞬かせた。
武堂は首を横に振った。「葉じゃなくて千葉。だいぶ足りない」
「いやそうじゃなくて、なんで?」
「柚子が大事だから」
「ちょ、ちょっと待って急展開すぎて吐く」柚子は顔を真っ赤にして飛び退いた。「まじで吐き散らかす。え、待って、こういうのに免疫ないから。どうしていいかわかんない」
武堂は目を薄くした。「さすがにそこまで嫌がられると悲しいんだけど」
「いや、違うんだって」
「チケットがくしゃくしゃだから?」
「そこを重要視する人はあんたと一緒にいない」
本気で悲しむ武堂を前に、柚子は頭を掻きむしって考えた。
髪の毛がぐしゃぐしゃになった頃にようやく一つの妙案。
「わかった、えっと聞きたいことがあるんだけどいい?」
「これはチケット」
「あんたは人と会話するときのエチケットをもってこい。じゃなくてじゃなくて、」
首を傾げる武堂に、柚子は半泣きで聞いた。
「人間はどうして生きるんだと思う?」